イヌオ~ヒトニヤサシク~

映画、音楽、酒、そしてヒトを愛する駆け出しバーテンダーが徒然なるままに趣味と幸せを考察する。

好きな人との5年間~心の病をもつ風俗嬢~(5)

話を十月ぐらいまで早送りしよう。

えりかと俺は入学時に比べてぐっと仲良しになっていた。もちろんサークルの一年生の固定メンバーと同じポジションでだけれども。
十月の俺の誕生日なんか、えりかの発案で俺に誕生日ケーキを5人で準備してくれたぐらいだった。それぐらい仲が良かった。(メチャクチャうかれた。浮かれに浮かれた。)

そして十月になれば文化祭の準備が始まる。
文化祭、それは俺達軽音サークルにとって1番過酷で楽しいシーズンの到来だった。
文化祭のある2日間教室を一つ占拠して50を超えるバンドが演奏して、最後は部室で主にパンクやガレージなんかの筋肉質なバンドを聞きながら23:00まで暴れまくる。まさに体力の限界に挑むロックンロールマラソンだった。1人で5~10のバンドのコピーをするのなんか当たり前だった。(文化祭の後は3日間は誰も音楽を聴かなくなる。本当に。)

俺達はまだ一年生ということもあって少し遠慮勝ちにエントリーをした。俺は3つだった。えりかは確か2つだったと思う。そのうちの一つは同じバンドだった。そして自然と顔を合わせることが多くなる。

同じ学科なのにえりかとは授業でまったく顔を合わせない。会うのはサークルと飲み会ぐらいだった。
えりかに会うのは幸せだった。顔を合わせればお決まりのやり取りをとった。

「よお馬鹿イヌオ」
「なんだよクソ女」

でもそれが一番楽しかった。他の人には分からない幸せの時だった。

ある日のこと、俺達はたまたま2人だけで部室の前で会った。そしていつもの "挨拶" を済ませて2人だけで部室に入った(ドラマーは練習場所が限られるからスタメンに限り部室の鍵が無条件で貰えた)。2人だけで練習をしようと合うことになった。

俺が音を出す。馬鹿でかい音を出す。いつも通りでかい音を出す。軽く弾き流す。するとえりかが小さな声で語りかけてきた。

「イヌオって凄いよね。ギターも弾けて音楽も私より全然詳しくて。私、イヌオの音大好きなんだよ。」

へ?

唐突過ぎてよく分からなかった。
でもあんな馬鹿でかい音の中でもはっきりなんて言ったか聴こえてきた。相変わらずいいことばかり拾う耳である。
褒められてる?俺が?えりかから?
、、、俺ニヤけてないかな?嬉しくて、、、ニヤけてないかな?

「お前だってすげぇじゃん、ドラム(ニヤケ我慢必死)」
「そうかな?」
「なぁ」
「ん?」

「腹減ったろ?晩飯行こうよ」

と言ったと同時に、恥ずかしさから後悔に似た感情に襲われた。

(誘っちまったよ、、、俺がえりかを2人きりで晩飯誘っちまったよ、、、。2人っきりは流石に嫌がるだろ)

恥ずかしさがケツから脳天まで走ったのと同時に、えりかが答えた。

「ほんとに?行きたい行きたい!どこにする!?」

、、、内心ガッツポーズをとった。まじで?こんなに喜んでくれるの?

そして2人で近所の定食屋に入った。年相応に、お洒落な飲み屋とかじゃなくてどこにでもある定食屋だ。
あの日食ったものは俺は忘れない。タルタルチキンだったはずだ。

2人で飯食った後も他にお客さんがいなかったから居座って色々話した。
今思えばお店に迷惑だったんだろうな。でもお互いすっごく会話してて楽しかったし、俺は俺で帰りたくなかった。ほんとに帰りたくなかった。この時間が続くなら何人前でもタルタルチキン平らげて一緒の時間を稼ぎたかった。

「ねえイヌオ、今日暇?」
「暇っちゃ暇だね、練習も終わったし」
「これから私と2人で飲みに行こうぜ」

、、、へ?
心の声が、これだった。ほんとに「へ?」だった。
でも俺って照れ屋なクセに見栄っ張りだから、ニヤケを必死こいて我慢しながら

「おう行こうぜ!今日は潰れんなよ。」
「はぁ?えりか様をなめんなよ!」

こんな流れではじめてふたりで飲みに行くことになる。
俺は浮かれまくっていた。今思い出すだけで恥ずかしいぜ、、、。