好きな人との5年間~心の病をもつ風俗嬢~(13)
追いコンも終わり、1年ライブの準備が始まる
数ヶ月前まであんなに寒かったのに、いつの間にか春になっていた。陽の光も風になびくレースカーテンの様に淡く柔らかかった。
三月。春は希望の季節。ハッキリと文は憶えていないが、そんな事を言っていたあの小説。
一度えりかに渡したことがある本に書いてあった。
もう追いコンも終わって、部室は俺を含めた1年生の4人が使い放題だった。1年ライブで他校を圧倒するパフォーマンスをする。その心意気で毎日部室に来ていた。
バカでかい音を出すのは気持ちがいい。俺だけじゃなく、皆楽しかったと思う。
そしてえりかも笑顔が眩しかった。
えりかは心の病も見せず風俗をしている事も知られることなく、フツウの女子大生としてそこにいた。
えりかの秘密を知っていたのは俺だけだった
あの時間は本当に楽しかった。
部室に集合して、たまに誰かが遅刻して、一生懸命練習して、ジュースを皆で並んで飲んで、ふざけて、うどんを食べにいって、そしてまた明日になる。
あの眩しい時間は俺にもえりかにも宝物だ
そして1年ライブが始まる
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ライブは大成功だった。自惚れる訳では無いけど、俺達が一番だったはずだ。
皆笑顔だった。
俺、メンバー、在校生の先輩、卒業したばかりの先輩、同じ学校の同級生、他校の皆、そしてえりか
そして打ち上げ。そう、そのためにライブをする。美味いビールを飲むためにライブってあると思う。いまでもそう思う。
100人近くが集まる打ち上げ。自分からわざわざ話しかけない俺の周りにも他校の人がわざわざ寄ってきてくれた。ギターの話だったり音楽の話だったり盛り上がった。
そしてえりかは、遠くから俺の写真を笑顔で撮っていた。何でだろう。なんでそんな照れ臭いことをわざわざするのか。みんな見ているのに。
少し飲み過ぎた。皆も俺も。そしてえりかも。皆で二次会の会場に移動する
そして事件が起きた
えりかに鬱のスイッチが入った。詳しい原因は分からないが、えりかが豹変した。鬱はなんの前触れもなく訪れる。
でもまさかこんな時にまで来るとは、、、
ずっと鋭い眼つきで地面を苦しそうに睨みつける。しゃがみながら。苦しんでいた。酷く苦しんでいた。
何が起きたか分かってる俺はえりかに寄り添った。
「えりか!大丈夫か?苦しいのか?」
「、、、」
「えりか?」
「、、、放っといて」
「え?」
「放っといて」
「そんな事出来ないよ。キツイなら送るよ。タクシーで一緒に帰ろう」
「そんな事しなくていい」
「でも、、、」
「良いからほっとけよ!!!彼氏面してんじゃねぇよ!!!」
「!?」
そう言うなりえりかは1人でタクシーに乗って帰って行った。
周りの奴らは俺を笑っていた。何アイツ?勘違い野郎なの?残念でしたってな具合だ。
俺は当然恥ずかしかったし、えりかにあんな事を言われるしで頭の中でシロアリでも湧いているみたいにモヤモヤと痛みが止まらなかった
他のメンバーは複雑な顔をしていた。そりゃそうだ。普通じゃないだろこの光景は。
「わりい、俺ちょっといってくる」
そう言い残してタクシーにのってあいつの家に向かった
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アパートは鍵が開いていた。俺は勝手に入った
「えりか、入るぞ」
えりかはパソコンの前に座っていた。近くに包丁が落ちていた。使った形跡は無いようだ。
「、、、どうしてついてきたのよ」
「心配だからに決まってるだろ」
「あっそう」
確かにすごく心配はしたが、ここまであからさまに邪険に扱われると少し怒りが湧いてきた。えりかには鬱とはまた別の何かが現れていた。酷く攻撃的だった。
「さっきのは一体何だったんだ?ほんとに心配したんだぞ」
「うるせえ!どうせあんたも私とセックスしたいだけなんだろ!?さっさと死ね!!」
訳が、ワカラナイ、、、
「本当の本当に心配したんだよ、、、」
そう俺が言うとえりかはまるで何も聴こえていないように、この場に誰もいないかのように、布団に向かい、そして眠った
一体何なんだこりゃあよ、、、
本当に訳が分からなかった。そして俺は板の間で寝た。
隣で寝るなんてとてもじゃないが無理だった。