イヌオ~ヒトニヤサシク~

映画、音楽、酒、そしてヒトを愛する駆け出しバーテンダーが徒然なるままに趣味と幸せを考察する。

好きな人との5年間~心の病をもつ風俗嬢~(9)

えりかは先輩にOKを出した。
サークルの中でちょっとしたニュースになった

マジかよ
よりによってアイツとかよ
無理だろ
無理だろなー
なんでOKしたんだ?
さあな

周りの声なんか俺には聞こえてなかった。
それよりも、俺は自分の気持ちを伝えられなかったという後悔だけに捕らえられていた。浅井先輩にもえりかにも。


冬の定演がもうすぐ始まる。


部室でいつも通り練習をする。2年生の先輩と一緒だった。
冬は日が落ちるのが早い。5時にはもう当たりは真っ暗で、いつもならその辺にいる野良猫達もどこかに身を隠していた。
きっと寒いから身を寄せあっているんだろうか。人間とは違って彼等は素直に寒い、暑い、好き、嫌いを伝えられる。言葉なんか使わずに。

羨ましい。

練習も終わって、当時まだ免許を持っていない俺はいつも通り自転車で学校を出た。
そしてなんとなく、えりかのアパートの前を通った。こんな事をしてもなんの意味も無いんだけど、通りたくなった。

すると

ガチャンッ

俺がえりかのアパートの前を横切ろうとした時えりかが家から出てきた。目が合った。

「イヌオじゃん、どうしたのこんな所で。まーた素通り使用としたな?何してるの?」

まさか遭遇するとは思わなかった俺は内心焦っていた

「いや、、、別に、ただ、そこのスーパーでビールでも買って帰ろうかなって思って通ったんだよ」
「ふーん、そっか。どうせ飲むなら今日一緒に飲もうぜ。うちにおいでよ。泊まってけ。」
「はあ!?でも浅井さんいるだろ?」
「別にいーのいーの。今日はあの人いないし。買出し行こうよ。」



「カンパーイ」
「やっぱりビールよね」
「うん、なあ本当にいいのか?浅井さん怒るだろ?」
「イヌオなら何も言わないよ。あの人イヌオのこと好きだし。それにアタシ今日は一緒に飲みたかったし。」

一緒に飲みたいと言われて悪い気はしない。でも彼女が選んだのは浅井さんなのだ。それが現実だ。

「なぁ、えりか」
「何?」
「なんで浅井さんにOKしたの?」
「んー、ぶっちゃけ退屈だったから。誰でも良かったの。それにまだ、寝てもいないし。」
「それだけ?」
「そう、それだけ」
「酷いなそりゃ」
「自分でも最低だと思ってるよ」
「浅井さんは風俗のこと知ってるの?」
「知ってるよ。知ってて付き合ってるの。それに私今不安定なの」

えりかはほろ酔いだった。

「ねぇイヌオ。私って変だよね。周りの娘とズレてるよね」
「え?まぁ、、、ぶっちゃけ変わってはいると思うけど、個性的ってことで良いんじゃないかな?俺は気にしてなんかいないし」
「そっか」
「うん」
「あのね、私、発達障害なんだよ、、、」

えりかは泣きだした。

発達障害。先天性の脳機能障害。難しい話はここでは書けないが、えりかに現れる症状は。
○人との協調が苦手
○相手の表情を読み取るのが不得意(まったく出来ないわけではない)
○計算や数学が極端に出来ない
○善悪の判断をせずに衝動的に行動をする
○周りの環境によって極端に緊張してしまう
○物事に執着や強迫観念をもつ
などだった

えりかはこれらの症状のせいで、小さい頃から周りの子にいじめられて不登校を繰り返してきたらしい。
そして大学でも、人との強調が苦手なことや講義中で大勢の人間に囲まれている環境が物凄く緊張するものだった事から、次第に不登校になっていった。
大学に行きたくても行けなくなったという。そのストレスや失恋のショックがキッカケで風俗を始めたらしい。

俺は頭が真っ白になった。何も考えられなかった。頭を叩き割られて中身が全部こぼれてしまった様だった。

ハッタツショウガイ?エリカガショウガイシャ?

こんなに可愛いえりかが、人気者で明るくて優しいえりかが発達障害
まったく想像していなかった。ルックスだけでこの娘は恵まれた人生を送っていたと勝手に決めつけていた。
俺は何も知らなかった。恥ずかしかった。

そして目の前には一通り話し終えて泣き続けるえりか。何も言葉をかけられなかった。俺は本当に無知だった。かける言葉を知らないし学ぶこともなかった。
本当に無力だった。
言葉が無いのなら?
言葉を知らないのなら?
あの猫達みたいに、あの猫達みたいに、、、

俺は黙ってえりかを抱きしめた。

えりかは泣き続ける。抱きしめたらいっそう酷く泣き始めた。もっと強く抱いた。

「うぅぅ、ひっぐ。もう、イヌオお。私以外にもこんな事したらモテモテなのにぃ。ひっぐ」
「あっそう」

ほかの娘には興味が無い。と喉まで来たけど、飲み込んだ。
俺はダメなんだ。何がダメって言っていいのか、、、。でも、ダメなんだ。