イヌオ~ヒトニヤサシク~

映画、音楽、酒、そしてヒトを愛する駆け出しバーテンダーが徒然なるままに趣味と幸せを考察する。

好きな人との5年間~心の病をもつ風俗嬢~(7)

ある日の事、えりかのアパートの近くで俺はえりかに遭遇した。偶然だった。

「よおえりか」
「イヌオじゃんかよ、えりかちゃんのアパートを素通りとはどういう事だ」
「用も特にねーんだから当たり前だろ」
「まぁいーや、今日飲もうよ」
「まじ?OK。この間の所でいいかい?」
「いいよ!いいけど私カテキョのバイトが有るから、1時間ぐらい待っててくれる?この近所だからさ」

えりかは家庭教師のバイトをしていた。英語を教えている。不適当な派手なカッコしていたが。
(周りの男子は「俺も色々教えて欲しいな畜生!」と盛り上がったりしていた。気持ちはわかる。非常にわかる。)

1時間ほど部室でギターを弾いたり先輩と馬鹿話をして時間を潰した。

普段は時間に対して壊滅的にルーズなえりかがそこまで待たせることなく待ち合わせた居酒屋に着いた。
俺は本当に幸せだった。例えどんな事があっても、このひとときだけはこの娘を俺が独り占め出来る。それが幸せでたまらなかった。本音は隠せてもテンションの昂りだけは隠しきれていなかった。
それにえりかはその当時誰よりも俺と2人で飲むことが多かった。

うんやっぱりイヌオはメガネない方がいいね。
次何が食べたい?何がすきなの?
その服どこでかったの?
寒くなったね
やっぱビールが一番うめえな

こんなどこでも耳にする会話。誰にも大切にされること無く明日には忘れ去られるであろう会話が俺達2人を繋いでた。でも、、、

「ねぇイヌオ」
「なんだ?」
「あのね」
「なに?」
「私、バイト始めたんだ」

直感か、表情を見て悟ることが出来たのか、それともこの短い付き合いの中で得たあの娘のデータを分析して結論を導き出せたのか、、、。俺はなんとなくこの娘の始めたバイトが想像ついた。想像したくなかった。

「カテキョとは別に?」
「うん」
「人に言えないような?」
「うん」

「風俗とか?」
「、、、うん」

えりかは少し前からデリヘルで働き始めていた。失恋のショックと日々のストレスかららしい。日々のストレスがどんなものか、しばらくしてから俺は知ることになる。

風俗。去年まで高校生だった俺には知ることの無かった世界。ドラマや映画でしか知らなかった世界。それが今、目の前に事実として存在している。しかも目の前にいるそれは間違いなく、えりかだった。

「私のこと軽蔑する?嫌いになる?」
えりかの目は軽蔑されても仕方がないとでもいうような目でこっちを見ていた。そしてどことなくナルシシズムを感じさせた。
そしてなんとなく、、、泣き出しそうだった。

「嫌いになんかならないよ」

その後は色々、俺は色々小難しい話をした。そんなんじゃ嫌いにならないとか、でも頼むから辞めて欲しいとか、いつでも相談してくれとか、俺はお前の味方だとか。

でも、話す言葉の全てが、ガキだった。シャバを知らない糞ガキのただのもがきだった。
今なら素直にそう思う。でもその時の俺はそれが限界だった。

結局えりかは辞める意思が無いことが分かった。
俺は強引になれなかった。やっぱり糞ガキだ。味方だなんて誰にだって言えるのに、味方程度なら誰にだってなる事が出来るのに。

その日はその話をお互いに避けはじめ、そして飲み直した。

いつも通りに、、、。